蛾眉


   
   
   
   
   
   
   
   
寝ていたら電話が鳴った。
バケツを持って公園に来いと言うから、そのとおりにした。公園には、大量の花火を抱えた彼がいた。
時刻は午前二時。
「電話しまくったんだけど、出たのがお前だけだった」
彼はへらへらと笑って、そう言った。迷惑だ。
どこからか虫の声が聞こえていた。空気はひんやりと冷たかった。
「さっさとやろうぜ、夜が明けちまう」
バケツに水を入れ、彼が用意した細長い蝋燭に火を点けた。
立てられる場所を探して、真っ暗な公園をうろうろ歩き回った。怪談みたいだと、彼が言った。
「百物語でもするか」
「もう秋だよ」
「だよなあ。夏って、終わってみると短いのな」
砂場を囲っているコンクリートブロックの上に、そっと蝋を垂らして蝋燭を置いた。
そして、彼は片っ端から花火の袋をあけていった。
これでは、後戻りができない。
この大量の花火を燃やし尽くすまで、僕は帰してもらえそうにない。
ふと、絶望的な気分になった。
「こんなに、どうしたの」
「買ったじゃん、祭りのあとにさ」
「ああ、この前の夏祭りか」
そうそう、と彼が頷く。
「知らないな。僕は途中で帰ったし」
「そうだった」
一本ずつ火を点けていたけれど、やってもやっても減る気配がない。
二、三本まとめて火を点けて、色とりどりの火の粉をあちこちに撒き散らして遊んだ。
ふたりきりなのをいいことに、馬鹿みたいな笑い声を上げて、花火を振り回した。
「なんでこんなに買ったんだよ、どう考えても終わらないだろ」
「そうなんだけどさ、あの場のノリっていうか」
「馬鹿じゃん」
「馬鹿だよなあ。結局、やらないで終わったし。くっだんねえことで揉めて、うやむやのうちに解散ていうか」
はじめのうちは綺麗だと思っていた花火も段々と飽きてきて、ふと目を上げると鼠花火が暗闇の中を元気に走り回っていた。シュールな光景だ。彼の方を見ると、眠そうな目で空を見上げていた。
「お前、あんとき怒ってるみたいだったな」
「そう?」
どうだっただろう。よく覚えていない。
「疲れていたんだよ、きっと」
「そんで、気づいたらいねえし」
彼はため息をついて、ほんと空気読めねえのな、と呆れたように笑った。
それで、彼がそのことをずっと気にしていたのだと分かった。
花火はようやく半分くらいが燃え尽きて、バケツの中は燃えさしで一杯になっていた。
「なあ、お前はそういうの、寂しくねえの」
不意に、彼がそう言った。
「寂しいよ」
このとき、僕はこの上なく正直だった。
夏の終わりだったからかもしれないし、夜だったからかもしれない。
あるいは、いつもへらへらしている彼が、珍しくまっすぐに問いかけてきたせいかもしれない。
「いいな、それ」
彼は、いつもと違う笑い方で、笑った。
静かに、何か大事なものを引き出しに仕舞うときのように。
「ひとりで好きなようにやってるとさ、面倒くさいじゃん。なんかむかつくとか、色々言われるしさ」
「それ、いいのかな」
「いいさ」
そんなことを言われたのは、はじめてだった。
いつも仲間と下らない冗談を言って笑いあっている彼が、今日は少し違って見えた。
電話に出たのがお前だけだったと、彼はもう一度、それがとても大切なことだというように言った。
  
よく晴れた夜だった。月は細く、糸のような弓が柔らかく光っていた。
その下に、僕らふたりだけがいる。
寂しい夜だった。
  
真っ暗な公園の砂場のふちに、寂しさが寂しさのまま、そっと置かれていた。
  
  
<了>

「蛾眉」 2012/9/9
(C) 2012 Kurage (Sasaki Kaigetsu)

  
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