銀行強盗について。

   
 地方銀行の支店を襲撃した二人組の銀行強盗は、二億円ほど奪って逃走した。
 僕は朝早くに起きて、ジャージのまま海沿いの道を歩いて、駅前のコンビニに行った。甘いものがないと目が覚めない僕は、シュークリームと、ついでに新聞を買った。その一面に、銀行強盗のことが書かれていたのだ。平和だ、というのが僕の第一印象だった。政治と戦争と増税の間に、銀行強盗の記事は慎ましく収まっていた。よく晴れて、心地よく冷えた朝の空気にはぴったりの記事だった。僕はいい気分で、来た道を戻った。
 
 家に帰ると、同居人が文庫本を片手にコーヒーを沸かしていた。
 珍しい、と言うと、僕が出かけていく音で目が覚めたのだと言われてしまった。
「銀行強盗だって」
 僕が言うと、
「銀行強盗」
 彼は、本から目を上げてこちらを見た。何か変わったものでも見つけたような顔だった。たぶん、新聞が珍しいのだろう。この、僕よりも十以上も年下の青年は、新聞も雑誌も読まないし、テレビも見ないのだ。僕も似たようなもので、今朝新聞を買ったのだって、単なる気まぐれだったのだけれど。
「銀行強盗って、銀行で強盗やる、あれ?」
 彼は、特に興味も無さそうに言った。
「だろうね」
 僕としても、特に強い興味を持っているわけではないので、ありふれた答えを返した。
「ハイリスク・ハイリターンな仕事だね」
 彼は言った。
 仕事かどうかはともかく、リスクが高いことは確かだろう。
「そのとおりだね。でもまあ、二億円くらいあったら、いいかもしれない」
「それは、確かに、俺も悪くはないと思うよ」
「そう?」
「長く生きていくつもりがあるなら、だけどね。そうでないなら、そんな大金はいらない」
 実を言うと、僕らは一緒に暮らしているけれど、どういうわけかあまり金銭の話はしない。どうやらこの同居人は、金銭的に拘りがないというか、無いなら無いでいいやと思っているらしいということを、僕は大分前から何となく感じていた。そもそも、新聞もテレビもなければ、余計な欲も生じないということかもしれない。
「二億円くらい手に入れたら、どうする?」
 僕は、そんなことを聞いてみた。
「銀行強盗で?」
「そう」
「面倒臭いな……そんな面倒臭いことするなら、寝てる間に二億円置いといてくれる方がましだよ」
「ああ、うん、それは僕もそうだけどさ」
「でも、ともかく二億円手に入れたら、だろ。そうだね……きちんと密封できる箱に、重い石なんかと一緒に入れて、どこかに沈めてしまうかな」
 そして実際にそういう状況になったら(ならないとは思うけれど)、彼は本当にそうするのだろう。愉快な話だった。
「いいね。それで、ちゃんとそれっぽい遺言書みたいなのを残しておくんだ?」
「うん、埋蔵金ていうのかな?」
「それで、みんなが血眼になって探すんだね」
「そう。愉快じゃない?」
「うん、確かにそれは、愉快だ」
 そうしているうちにコーヒーが沸いたので、埋蔵金の話はそれで終わりになった。
 銀行強盗は、その日の夕方には逮捕された。もしかしたら僕たちならうまくやれるかもしれないけれど、実際のところ「めんどくさい」という理由から、実行に移されることはないのだろう。
  
  
<了>

2014.04
(C) 2014 Kurage (Sasaki Kaigetsu)

  
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