はじめに:ノートについて
ここにある二冊のノートについて言えること。
世界最古の記録文書と言われていること。つまり、これ以前の世界について、人間は一切の記憶を失っているということ。
二冊のノートに題はなく、研究者の間では『弓の記録』、『空の記録』と呼ばれていること。
それぞれ、別の人間によって書かれたらしい、ということ。
僕は問う。
どうして、言葉を残したのだろう。
「そうじゃない」
彼は、呆れたような顔で言う。
「残されたのは、紙とインクだ。言葉なんていう、実体のないものじゃない。そうだろ。言葉なんて残して、何になる」
君らしい、と僕は言う。どうだろうな、と彼は言う。
「この宇宙の中で、言葉なんてものを延々と紡ぎ続けているのは、人間くらいのものだろ」
僕は『弓の記録』を開く。
その記録は、ベルリンの旧市街から始まる。
ベルリンて、どこ、と僕は問う。
「大陸の西の方」
彼が、そっけなく答える。
ベルリン旧市街、廃墟、夜。僕は著者の言葉を拾う作業に取りかかる。遠い西の街から始まる、この世界の最初の物語を。
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