エウロパの海>本のこと>試し読み



「弓と空」
2017年9月発行 B6/284P

全体の導入部分と、「弓」「空」という二つの物語の第一節を、
約40ページぶん試し読みできます。
「はじめに:ノートについて」
「『弓』の第一節」
「『空』の第一節」


はじめに:ノートについて

 ここにある二冊のノートについて言えること。
 世界最古の記録文書と言われていること。つまり、これ以前の世界について、人間は一切の記憶を失っているということ。
 二冊のノートに題はなく、研究者の間では『弓の記録』、『空の記録』と呼ばれていること。
 それぞれ、別の人間によって書かれたらしい、ということ。

 僕は問う。
 どうして、言葉を残したのだろう。
「そうじゃない」
 彼は、呆れたような顔で言う。
「残されたのは、紙とインクだ。言葉なんていう、実体のないものじゃない。そうだろ。言葉なんて残して、何になる」
 君らしい、と僕は言う。どうだろうな、と彼は言う。
「この宇宙の中で、言葉なんてものを延々と紡ぎ続けているのは、人間くらいのものだろ」
 僕は『弓の記録』を開く。
 その記録は、ベルリンの旧市街から始まる。
 ベルリンて、どこ、と僕は問う。
「大陸の西の方」
 彼が、そっけなく答える。
 ベルリン旧市街、廃墟、夜。僕は著者の言葉を拾う作業に取りかかる。遠い西の街から始まる、この世界の最初の物語を。

     
次へ

   

サイト内のすべての文章・画像の無断転載を禁じます。
(C) 2014-2018 Sasaki Kaigetsu(Kurage)